投稿

10月, 2019の投稿を表示しています

(追悼)緒方貞子さんに見る「文系博士人材」の可能性

イメージ
この記事は、

・先日亡くなられた緒方貞子さんへの追悼的文章

と、

・緒方貞子さんの強みは「文系博士的多面的な世界観」ではないか?

という指摘と、

・そういう「文系博士的な徹底的に多面的な理解」を現代社会はもっと活かすべ

というような話をします。

その流れで、私が提唱している

歴史問題や社会問題に対する「メタ正義的視点」での解決方法

・・・などについても述べる予定です。

目次は以下のとおりです。

1●「プロが必要だ、キャッチフレーズは役にたたない」と緒方さんは言った2●緒方さんの博士論文は満州事変の政治分析3●イデオロギーの対立は、多面的に多面的に現実を描くことでしか乗り越えられない4●単に戦前の日本に単に「反省しろ」という視座からは、米中対立も北朝鮮問題も解決できない
では、以下本文です。





ある女性経営者いわく「キャリアプランはいらない。」

イメージ
●出版業界の異色の女性経営者の本が出ます
ワタクシ、来年1月に5年ぶりの新刊を出すんですが、そこでお世話になっているディスカヴァー・トゥエンティワンの社長、干場弓子さんがご自身の本を(別の出版社から)出されまして↓。

楽しくなければ仕事じゃない: 「今やっていること」がどんどん「好きで得意」になる働き方の教科書

今アマゾンランキングはこんな感じで、結構売れてるみたいです。
>>>
1位 ─ 起業・開業ノンフィクション
2位 ─ 起業家関連書籍
1位 ─ リーダーシップ (本)
<<<

一般的な知名度はそれほど高いとは言えないかもしれませんが、干場さんって超凄い人だと私は個人的に思っているので、書評がてら本(と干場さん本人)の紹介ブログを書こうかと思っています。


モーツァルトが既に描いていたフェミニズムの行く先

イメージ
●ソニーが始めたハイレゾ音楽配信、今無料体験期間中です
ソニー系列の音楽配信サイト「mora」が、ハイレゾ限定の音楽配信サブスクリプションサービス「mora qualitus」を始めたそうで、今なら一ヶ月間無料体験キャンペーンをやっています。

mora qualitus
サイトデザインはとてもステキな感じです。

このレビューサイトによると、「排他モード」を搭載しているぶんアマゾンがやってる同種のサブスクリプションより音がいい(と思われる)とか・・・

サイトのデザインなども含めて結構いいなと思うんですが、開始直後とあって、例えば「モーツァルト」と「Mozart」で検索結果が違うとか、海外アーティストの表記ゆれで検索結果が違うとか、あと単純に動作が遅いとか、今後いろいろ改善してほしいUI上の問題はいろいろあります。

しかし個人的には、ハイレゾで入ってる曲のラインナップ含めてかなり気に入っており、来月からの月1980円も許容範囲かなと思い始めています。

特に、最近クラシック音楽、特にモーツァルトにハマってるんですが(ってめっちゃイマサラな言い方だけど)、前から好きだったカール・ベームという指揮者のモーツァルト交響曲集やオペラ「魔笛」がハイレゾ版で入っていて既にかなり幸せな音楽体験をしているところです。

「体育会系の日本」は衰退する日本の元凶か?

イメージ
●あなたは「体育会系」が嫌いですか?
暇な時間にはインターネットでこういう記事を延々読んでいるようなアナタは「体育会系の日本」が嫌いな人が多いかもしれません。

「上下関係」とか「密な人間関係」とか、「ウッス!アザッス!」的な感じ。高校や大学の部活や日本の飲食店アルバイトに満ち溢れる「この気分」がムシズが走るほど嫌い・・・という人もSNSには多いように思います。

ワタクシは中学時代ぐらいまで自覚的に「超サヨク的人間」だと思っていたので、

そもそも「敬語」っていうシステム自体が日本を忖度だらけのマトモな理屈が通らない社会にする悪癖なんだ!「尊敬する相手」かどうかはそれぞれの個人に判断が委ねられているべきだ!!
・・・みたいなことを本気で思っており、案の定たまたま入った部活が大嫌いでした。

しかし、高校で入ることになった文化部は、その分野で「全国大会に出た回数が(当時は)最多」みたいなところで、そこで色々体験するうちに、この「ウッスアザッス型」のコミュニケーションが実は非常に奥深い「組織運営上の知恵」のもとになりたっていることを痛感し、その後色々と考えを改めることになりました。

その音楽系の部活は、特に男は入部したとき楽譜読めないどころか最後まで読めないヤツもいるぐらいなのに、同地区のライバル校には「その学校の音楽科の生徒が全員集まって出てくる」ところとかもあって、「才能」とか「知識」とかそういうレベルのことで言ったらオハナシにならないレベルの差があるのに、「なんで毎年勝てるんだろう?」と思うじゃないですか。

それだけでなく、サヨク革命家を気取っていたワタシは、三年生になって実権を握れる中心人物になったら、ありとあらゆる「前時代的風習」みたいなものを廃止しまくっていこうとしたんですが、そしたらその後何年かでその部活自体が強烈に弱体化して、誰も知らない無名校になったりしたんですよね。

こういう「現象」には、体育会系嫌いの個人主義者も真剣に考えるべき課題が眠っていて、特に個人主義者の私たちが「日本社会のマジョリティ」との間で果てしない罵り合いになることなく「違いを活かした共存」を実現するために大事なヒントが隠されているように思います。

サヨクから見た天皇が日本におられる意味と日本の使命

イメージ
(画像は官邸ユーチューブより)


●小学生時代の私は、前回の「継承」にはメチャクチャ怒っていたが、今回は「ありがたや~」という気持ちになった
普段は全然気にもかけていない天皇陛下の存在ですが、即位礼正殿の儀はなんとなくずっと見てしまって、茶化す意味でなくほんとうに「ありがたや~」という気持ちになってしまいました。

本式の保守派のかたはいざしらず、普段日本の「伝統」に触れる機会の少ない多くの日本人にとっても「奇異な風習」に感じられるアレコレがあるわけですが、それをしっかりと「意味のある大事なこと」として継承していくことをナリワイとされている方々がいらっしゃることの価値は、それを認めることで、堅苦しいことが苦手なタイプの人がどんどん気安い現代風にカジュアルな風習ですべてを覆っていっても、1億2千万人の共同体全体で見れば、過去から続く連綿とした一貫性がちゃんと保存されていくことであるように思います。

とはいえ、こういう「制度」自体に怒りを感じる、あるいは不合理だから廃止すべき・・・と思っておられる方も、最近では数は少なくなったながらもいらっしゃると思います。

昭和から平成への「継承」が行われた時に私は小学生だったんですが、自覚的に「サヨクだぜ俺は」と思っていた私は、今では笑ってしまうほどプリプリ怒っていました。テレビの特別番組を集まってみている家族に対してやたら食って掛かって、「こんな世の中間違ってる!」とか騒いでいた記憶があります。

ある種の「人間の本来的平等性」みたいなのを原則としたい立場からすれば、こういう「君主制度」とか、敬語が強制される雰囲気とか、「陛下」のような尊称の存在自体が、なにか根底的に人間社会のあるべき大原則に対する侮辱であるかのような気持ちになっていたのでした。

凄いのはラグビー選手でお前じゃないとか言う奴はアホ

イメージ
●人びとは助け合って生きている
日本人のノーベル賞受賞者が出た時も、ラグビーなどのチームスポーツの日本代表が活躍した時も、それで喜ぶ多くの日本人に対して

「凄いのはその研究者個人であってお前じゃないぞ」
「凄いのはラグビー選手であってお前じゃないぞ」
・・・みたいな、使い古されまくってる嫌味を言う人がいるんですが、私はこういうこと言う奴が嫌いです。嫌いというか、アホか!って感じがする。

そんなことはみんなわかってるけど、それでも喜ぼうとしてるとこに水さすなよ、て感じがする。

こういうのは「忖度しない空気読まない俺カッケー」という感じではなくて、むしろこの世の中が人びと同士の無数の協力関係によって支えられていることが理解できないアホの言い草という感じがします。


冷静で中立的な報道こそがネット世論の過激化を止める

イメージ
●台風19号の水害に関するメディアの報道は昔に比べてかなり進化していると感じる水害などの災害があった時には、「冷静で科学的な原因分析と対処」と「人びとの魔女狩り欲求的な犯人探しのエネルギー」との間の折り合いをどうつけるか・・・というのは古今東西難しい問題です。

しかし、今回の台風19号に関する主流メディアの報道は、かなり「あるべき報道」をしつつあるように感じています。「冷静で中立で総体的な報道」をすることが、インターネット上の無駄な罵り合いを抑止していくためにいかに重要か・・・という良い例だと思うので、この例を台風報道だけでなくあらゆる分野でもスタンダードにしていければいいと思えるほどです。

いっそ全部アベのせいにしてしまえばいいのかも?

水害の「犯人探し」の熱狂の行く先
災害があると「犯人探し」的な感情が巻きおこることは仕方ないことかもしれず、冷静な水害の要因分析とは違った感じで、「あいつのせいだ」的な感情がぶつかりあっています。

今回の台風19号の水害は、もちろんあちこちでヒドい被害に合われた方は多いけれども、「ちゃんと対策してる」東京のあちこちに関しては、むしろ「日本の治水関係者ってスゲえな・・・・」と私は思いました。知らないところであっちこっちに色んなギミックが仕込まれており、あちこちの水門の開けしめ、人びとが知らないうちに地下に仕込んであった巨大な調整池の活用、ダムの放水タイミングのコントロールなど、「ちゃんと地道に考えて準備しておく」役割の人たちが、ちゃんと想定どおりにちゃんと対策を実行し、もちろん多少の被害は出つつも破滅的な事態は避けることができた。

「無数の無名のちゃんとやってる人たち」の連携によって何かを成し遂げる、日本っていう国の美点はこういうところにあるんだなあ・・・と思いました。

ユニクロ柳井氏の「国が滅びる」論は正論か暴論か?

●立場によって人は全然違う世界を見て生きている
台風19号で被災された方にお見舞い申し上げます。

私が住んでいるところは前評判に比べてかなり軽症で、肩透かし感すらあったのですが、ツイッターやテレビのニュースを見ていると、大変な被害にあわれている方や、残念ながらこれから明日明後日にかけて大変な被害にあわれるであろう方もいらっしゃることと思います。

私は阪神大震災の被災者なんですが、たった道路一本向こうのブロックに家があっただけでブロックごとすべて丸焼けになって家(だけでなく命も)を失ったりとか、逆にこっちのブロックだとその日の夜には電気も復旧して、学校もなくなって暇だからテレビゲームで遊んでいたりとか、人生というのは「立場」によって見える世界が全然違うものだなあ・・・と強烈に思ったことを思い出します。

今回も、同じ「台風19号を警戒しましょう」というニュースに触れている何千万人の対象地域の人びとが、ある人は生死に関わる被災をし、ある人は全然どうってことのない日常を送ることになっているのでしょう。

このように、「立場によって人は全然違う世界を見て生きている」わけですが、それが別の形で非常に印象的なSNSでの拡散の仕方をしていたのが、ユニクロ(ファーストリテイリング)の創業者、柳井正氏の日経ビジネスの記事↓でした。

柳井正氏の怒り 「このままでは日本は滅びる」

あいちトリエンナーレ現地ルポ(表現の不自由展再開)

イメージ
●あいちトリエンナーレ行ってきました!


日本中を巻き込んだ大激論の中、再開された「表現の不自由展」を見るために、あいちトリエンナーレ行ってまいりました。

この記事は、

・メディア的な切り取りではない「普通の一般参加者」としての視点からの「現地の雰囲気」が伝わるような写真付きのルポ的なもの
と、


・この問題をどう考えるべきなのか、という話

をしたいと思っています。

目次は以下の感じ。

1●メディア的な切り取りじゃない、「一般参加者」視点の会場の雰囲気ルポ(写真多数)

2●「不自由展以外の展示」が案外いいし、その点については津田氏も結構頑張ってると思った

3●メディアにぜひ気をつけて欲しいたった一つの単純なこと

4●最後に、より深いこの問題の本質について

です。


「普通の日本人」をもっと信頼して社会運営するべき

●格差社会の絶望による「無敵の人」問題はどう解決するべきか?
前回、話題の映画「ジョーカー」の紹介をしながら、格差社会の中で絶望した人間の暴発的行為(いわゆる”無敵の人”問題)を、どうすれば私たちは社会に再度包摂していけるのか・・・という話をしたんですが、映画紹介以外の「どうやったら格差社会問題を解決できるのか」についての部分が案外評判が良かったので、そこを切り出してもう少し深く考えてみたいと思っています。

この話は、私が今度五年ぶりに出す新刊「みんなで豊かになる社会はどうすれば実現するのか?」の内容の一部紹介にもなっています。

「京都アニメーション事件」を思い出すまでもなく、社会が包摂しきれなくなった個人が不幸の連鎖の先に暴発する事件に対して何ができるかは、私たち日本社会においても非常に重要な問題です。

しかし、単に焚き付けて暴発してアチコチ放火して回らせたりテロ行為をさせる・・・というのでは、それを社会の側が「抑止」する必要があるのもまた言うまでもありません。

だから大事なのは、「彼らの怒り」を理解すると同時に無意味な暴発を防ぎ、かつその怒りを「社会を変えていく」力に転換していくことでしょう。

そのためには、
・政府の政策レベルの再分配
・経済構造を時代に合わせて変えていくという「民間」レベルの問題
について”両方”取り組んでいく必要がありますね。

問題映画『ジョーカー』ネタバレなし評と格差社会対策

イメージ
●”ジョーカー”は超スゴイ問題作映画。おすすめですツイッターで色んな人が絶賛していた映画「ジョーカー」見てきました。

この記事では、ネタバレなし(”あらすじ”程度は書くので嫌な人は気をつけてください)」の簡単な紹介と、映画テーマでもある「格差社会」問題への対処について考えてみたいと思っています。


↑予告編動画

日韓対立の本質は20世紀型急進的左翼の断末魔

イメージ
あらゆる党派性がグチャグチャに混濁しはじめた
日本での報道はあまり多くないようですが、韓国において巨大な反文在寅政権デモがあったそうです。”主催者発表”によると三百万〜五百万人の参加者だとか(さすがに大きすぎると思うので、実数はもっとかなり低いと思いますが)。なんにせよかなり大きなデモだったことは間違いない。

私は結構、色んな立場の「日本語できる韓国人や在日の人」のツイッターをフォローしてるんですが、親文在寅派(韓国の分類でいうと左派)の人は、親文在寅派のデモがあった時にはそれがいかに大きくて、韓国検察という悪の組織がいかに横暴を振るっているか・・・について力説する傾向にあるんですが、逆に今回の反文在寅派のデモは、そういう人のツイッターを見ているだけでは存在していないかのようなスルーのされかたをしている事が多くて面白かったです。

一方で、今回の「反文在寅デモ」についてツイートしている日本語できる韓国人や在日の人のうち、必ずしも「日本のナショナリズム」と仲が良くない層にまで日本の保守ネットユーザーが突撃しにいって、これはこれで幸薄い罵り合いに発展している状況をチラホラ見ました。

もちろん、日本側のナショナリズムと近い位置から韓国の政権を批判している韓国人・在日の人は大きく取り上げていたことは言うまでもありません。

また、「韓国のあり方こそが理想の民主主義を体現している先進国家であり、今の日本の政権はもう人間性を失っているから地獄に堕ちるしかない」的なことを考えている日本の急進的な左翼人士が、韓国左派と同じ「韓国検察がいかに悪辣無道な権力を握っているか」について話しているのも予想通りという感じでしょう。

ただ総体的に見れば、日本に住んでいる日本語できる韓国人や、在日の人で、かなり原理主義的に反”アベ”の人でも、最近は必ずしも文在寅支持ではないことを匂わせる発言がチラホラ増えてきているような感じもします。

さらに最近チラホラ見るのが、「文在寅のあり方は韓国の国益になってない」という判断から、「文在寅流のノーブレーキ走法でもっと破滅してほしいからまだ潰れないでくれ」とか言って文在寅支持を表明する日本のネット右翼さんがいたりして、もう色んな党派性がグチャグチャに入れ混じってわけがわかりません。

しかし、私はかねてから、こういう形で「党派性」が解体に向かって、同じ党派の間での…

アベ叩きで盛り上がるよりリベラルが本来やるべきこと

イメージ
官邸サイトより


(前回のまとめ)リベラルメディアがアベ叩きの熱情の半分でいいから取り組むべきことは?
前回のブログ記事で、単に「アベ叩きの陰謀論に参加して溜飲を下げる」だけでなく、リベラルメディアが本来やるべきはずのこと(でも現状沈黙していること)について書きました。

その内容は、

「権力をチェックする役割」はもちろん大事なんですが、同時に「現政権がかわりに取り入れるべき政策」について、自分たちで用意し、それを批評してブラッシュアップし、まとめあげていくこと自体も、リベラルメディアのもう一つの責任
という風にまとめられるかと思います。

最近あちこちで書いている例ですが、私は経営コンサルティングのかたわら、「文通を通じて個人の人生の戦略を考える」みたいな仕事もしてるんですが、こないだまで、某巨大野党の国会議員さんがクライアントだったことがあるんですよね。

脱原発について彼が党でまとめたペーパーは、単に「脱原発できていないのは電力業界とアベ政権の陰謀だ!」的に騒ぐだけに終わらず。実行段階における色んな懸念点や問題点について微に入り細に入り検討されていて、「こういうのちゃんとあるんじゃん!そうそう、こういう話を進めていかなくちゃ脱原発なんてできないよ!」と思ったんですが、そういうのは「妥協だ!」とか言って党の中で潰され、マスコミでも扱われず・・・・結局その党は解体されて延々と1割ぐらいの支持率を複数政党で争い続けているのは皆さんの知るところです。

リベラルなマスコミの責務は彼が作ったそのペーパーみたいなものをちゃんと引き上げることであるはずなんですが、それをせずに変な陰謀論を振り回したり「敵」を凄い下に見て冷笑したり罵倒したりしかしてない感じがするところが、今の時代の「リベラル冬の時代」的な苦境の元凶ではないでしょうか。

別に「アベ側」にいる人たちに膝を屈して従えとかそういう話では全然ないわけですが、「単に溜飲を下げるためのアジテーション」ばかりをスター化して「政権批判」に100%突っ込んでいるエネルギーの半分でいいから、「自分たち側の理想の実現プロセス」について、地味な議論をしている人たちをちゃんと引き上げ、スター化し、そしてちゃんと自分たち内部で検証して実効性のあるものに仕上げていく、そういう仕事こそが、今リベラルメディアには求められているはずです。

陰謀論が溢れる時代にリベラルメディアがやるべきこと

イメージ
政権に言いたいことがあるならば、アベ叩きの陰謀論にハマる前にやるべきことは?
消費税があがったことについて色々と反対意見の人も多いでしょうし、それこそ「霞ヶ関」とか「自民党」とか「経団連」とか、(経団連以上に「経済同友会」が個人的にはかなり好きになれないんですが)、いわゆる「今の日本の舵取りをしている層」に対して、不満や反感を覚えている人も多いと思います。私も色々と言いたいことはある。

ただ、現政権のあり方に対する不満を、変な陰謀論みたいなものに吸い寄せてしまって、インターネットの中で何かを叩いて溜飲を下げているだけでは、むしろその「改善要求」をちゃんと実現していくことから離れていってしまうことにもなりかねません。

「何かを叩いて溜飲を下げる」というレベルで言えば、韓国を叩いて溜飲を下げるのも、アベ政権とその関係者を叩いて溜飲を下げるのも、あまりレベル的に変わらないところはやっぱりあります。

リベラルメディアが「アベやトランプやその他欧州極右勢力とそれを支える大衆のエネルギー」に対抗してリベラルの理想をあくまで取り下げずに世の中に広めていこうと思うのなら、彼らを批判するだけでなく、自分たちの望む「改善要求」を自分たちでまとめあげていって、政治的に実現するよう働きかけていく努力が必要なように思います。