モーツァルトが既に描いていたフェミニズムの行く先

●ソニーが始めたハイレゾ音楽配信、今無料体験期間中です


ソニー系列の音楽配信サイト「mora」が、ハイレゾ限定の音楽配信サブスクリプションサービス「mora qualitus」を始めたそうで、今なら一ヶ月間無料体験キャンペーンをやっています。

mora qualitus
サイトデザインはとてもステキな感じです。

このレビューサイトによると、「排他モード」を搭載しているぶんアマゾンがやってる同種のサブスクリプションより音がいい(と思われる)とか・・・

サイトのデザインなども含めて結構いいなと思うんですが、開始直後とあって、例えば「モーツァルト」と「Mozart」で検索結果が違うとか、海外アーティストの表記ゆれで検索結果が違うとか、あと単純に動作が遅いとか、今後いろいろ改善してほしいUI上の問題はいろいろあります。

しかし個人的には、ハイレゾで入ってる曲のラインナップ含めてかなり気に入っており、来月からの月1980円も許容範囲かなと思い始めています。

特に、最近クラシック音楽、特にモーツァルトにハマってるんですが(ってめっちゃイマサラな言い方だけど)、前から好きだったカール・ベームという指揮者のモーツァルト交響曲集やオペラ「魔笛」がハイレゾ版で入っていて既にかなり幸せな音楽体験をしているところです。



●魔笛のストーリーが暗示する現代社会の混乱


・・・という前フリからなんですが、モーツァルトの晩年の名作オペラ、「魔笛」って前から大好きだったんですが、このストーリーって凄く「現代社会の暗示」に満ちているなあ・・・と思うので、ちょっと煽ったタイトルですが、この名作オペラの説明をしながら「モーツァルトが既に描いていたフェミニズムの行く先」みたいな話をしてみたいんですが。

どのへんに「現代社会の暗示を感じるなあ・・・」と思うかというと、

・最初は、「夜の女王」が「善の味方」であり、ある種の「父権的存在」であったザラストロが「悪の敵」

で始まるんですが、だんだん

ザラストロ案外悪いヤツじゃないんじゃね?みたいな感じ

になってきて、そうすると

「夜の女王」はメチャクチャ過激化していって有名な「復讐の炎は地獄のように我が心に燃え」を歌いはじめる

んですね。この「復讐の炎は地獄のように我が心に燃え」って凄い歌詞だけど、超有名な曲なんでみなさんどこかで聞いたことあると思います。

で、その後色々あって、

夜の女王の勢力圏を脱することで、「王子様」と「お姫様」が結ばれる

だけでなく、

「非モテ男」と「非モテ女」もちゃんと結ばれる

んですよ。この「非モテ男と非モテ女」がちゃんと結ばれる(このまとめ方が正しいかどうかはともかくとして”王子様とお姫様じゃないタイプの男女”という意味だと思ってください)シーンはメチャクチャ感動するんですよね。全編の中で一番感動する。全西洋オペラ中の名シーンだってぐらい僕は思ってるんですが。

で、

最後に夜の女王にザラストロが勝利して大団円!

で終わり。


●ストーリーの中の重要曲をそれぞれご紹介


まずは有名な序曲があって、これも凄い好きなんですが、ユーチューブにもいっぱいあるけど著作権的にOKなのかよくわからないのでとりあえずウィキペディアの音源↓を貼ります。とにかく「モーツァルトのいいとこ詰まってるなあ!」て感じの序曲です。

魔笛「序曲」(リンク先に飛んで再生ボタン押せば聞けます)

それ以外にも Die Zauberflote overture で検索したら色々見れます。

で、最初優しくて味方だと思っていた夜の女王が、途中から突然過激化しまくってキレまくる曲はコレ

復讐の炎は地獄のように我が心に燃え
(リンク先のウィキペディアに飛んで再生ボタンを押してください)

他にも Der Hölle Rache kocht in meinem Herzen で動画検索するとこわ〜い夜の女王が復讐の炎に燃えまくってるシーンが見れます。

そして、この「夜の女王」の勢力圏を脱することで、王子様だけでなく非モテ男女も「自分だけの相手を見つけたぞ!!」ってデュエットしながら踊り狂うシーンがあって、それがほんと名曲だなあ、と思うんですが・・・

これは歌い手さん(エジプトのソプラノ歌手らしいです)の個人チャンネルだからユーチューブ貼ってもいいだろうと思うのでこちら↓

Fatma Said & Rolando Villazon Papageno Papagena Duett

・・・雰囲気いいですね。この女性もすごいキュートでいい感じになってます。やっぱり「いわゆる偏差値」的な”序列感”を超えた「自分にあった相手ってどういうものか」という問いかけをちゃんと実現していった先に生まれるカップルってステキだし、そういうときに女性のキュートさは本当に輝くところがあると思います。

ちょっとマニアックな余談ですが、時々問題になる”萌え絵”が女性を搾取しているとかいないとか・・・は日本社会がこういう”カップリング”をグローバリズムから分離して維持していたいという本能的必然性が背後にあるために、単に欧米的視点から攻撃するだけではなくなることはないと私は考えています。たぶん「お姫様として生きたい女性」が、「そもそもパパゲーナとして生きたいと思っている女性」も別にいるのに一緒くたにして全員でこういう「パターナリズム」を引きちぎろうとするから問題が起きてるんで、実はパパゲーナとパパゲーノのカップリングを邪魔しないことに配慮することで、”お姫様側”で生きたい女性への抑圧も本当に消せるようになるでしょう。

で、最後の大団円!ってところに出てくるのが

「太陽の光が夜を追い払った」

なんですが、これは著作権的にOKかどうかわからないのが多かったので、気になる人は

sonne vertreiben die nacht

で検索して自己責任でどうぞ。ここは合唱団が出てくるんですけどそこがめっちゃいいです。最後の数小節のファンファーレ的な金管とか「たかたんたん、たーんたーんたーん」とかいうリズムが「めっっちゃモーツァルトの大団円!」って感じでいい。


●古い父権的社会を分解するだけ分解した先に、ポリコレ的にOKな”父性”を再構築する


全体的に、人類の歴史は近代に入ってから、伝統的権威によって支配する「父権的存在」を果てしなく「批判し解体する」ことを行ってきたところがあるじゃないですか。

でも、そういうことばっかりやっていると、構成員全員が「自分という個人」以外に興味がなくなってしまって、自分と気の合う他人とだけ付き合って、「別の立場の人」との間に協力関係を築くのが難しくなってしまったりして、最終的に「国」とかいう単位で意思決定しなくちゃいけない問題が出てきても、果てしなく罵り合いを続けるだけで意味のある意思決定が不可能になってしまっている。

その混乱を埋め合わせるために過剰に国家主義だったり権威主義的な政治勢力が力を持ってしまったりしている。

そんな混乱が世界中の民主主義社会で起きてるときに、中国のような政体がそこそこ成功してるのを見せられて、中国人エリートに「もう民主主義とかやめちゃいなよ」とか言われたら言い返しづらいですよね。

いーや、それでも民主主義社会をあきらめたくないの!というのなら、単に「混乱を抑止するための必要悪として生起している権威主義」に対して原則論で攻撃し続けるだけじゃなくて、「立場の違う人同士の対話」をたちあげて、もう一度「社会で共有できる軸」をみんなで立ち上げていく必要があります。

全体的に、現代社会はこの「魔笛」の真ん中ぐらい、


・父権的存在”ザラストロ”を敵だと思い、夜の女王が味方だと思ってお姫様を助けようと立ち上がってはみたものの・・・
・案外ザラストロって敵じゃなくね?人間社会に必要じゃない?という空気になってきて、夜の女王がブチ切れまくる


的なところまで来てるんじゃないかと思います。ここからは、その「夜の女王的なルサンチマン」の影響下から脱していくことで、

・王子様とお姫様だけでなく、非モテ男女(や、もちろん性的マイノリティさんたちも)が適切なカップリングが行える社会の気分の構築
・それによって再度共有できる”父性”が立ち上がっていく

的な流れになっていけばいいんじゃないかと思っています。思えば私の新刊「みんなで豊かになる社会はどうすれば実現するのか?」はこういう大きな流れについてイメージして書いていた気がします。


●フェミニズムの進化は徐々に起きている(と思う)


とはいえ、こういう話は・・・例えば最後のザラストロが水戸黄門みたいに出てきて全員の合唱で締めくくるフィナーレとか、「髭面のオッサンが真ん中に立っていて夜の女王が敗退して大団円」という構図自体に、「フェミニスト」の人とかはムシズの走る思いをするんじゃないかという気がします。

ただそういう人に考えて欲しいのは、今の時代「父性」を担っている女性だってたくさんいるということで・・・もっとジェンダーニュートラルな言葉があればいいんですが、あえて挑戦的な意味をもって「父性」って呼んでるという感じなんですが。

私の新刊「みんなで豊かになる社会はどうすれば実現するのか?」からの図でいうと、



要するに、ホモソーシャルな差別構造だとか父権的構造とかは、単に男が自分のエゴの充足のために弱者を虐げて私利を図るためだけにあるもんじゃなくて、社会全体を適切に主体性を持って運営し、人心の安定化を図り、トクベツなウリがないように見える男女でも無理せず適切なカップリングが行えるようなお膳立てをしたり・・・とかいう「大事な機能」があるわけなんですよね。

だからそういうのをただ排除するだけでは、「知的で個人主義的で行動力もあるイケてる人間」以外は自分の居場所がない社会になっちゃうんですよ。それは困りますよね。

だから、形式的な「不平等だから」とか「差別だから」というだけで糾弾しまくるだけでは、社会運営上の「必然的な事情」の方が危機感を感じて過剰なバックラッシュを受けたりもするわけですね。その結果がアベとかトランプだ・・・といっても過言ではないはず。

しかしこの「機能」を意識高い系の基準からでもOKな方法論で人工的に再現することができたら、その時は大手を振って「差別」とか「ホモソーシャル的支配」とかを社会が排除することも可能になる。最後のザラストロが「髭面のオッサン」じゃなくて、そのかわりになにかステキなポリコレ的な良識がそういう「機能」を果たせるようになりさえすればいいわけです。

最近、アメリカのフェミニストが作った動画を見てたら、映画とかで「自立した女性」を描くときになにかに常に感情的に怒りまくってる感じになるのは良くない・・・という話が出てきて、凄い同感だなあ、と思ったことがあります。だってそんな女性上司とかいたら嫌だもんね。

男性ポルノで、「気の強い女性が男の暴虐の結果屈服して性的に・・・・」っていうのが都合良すぎるってよく批判されますが、女性が活躍する映画とかで「いかにもメチャクチャ悪逆非道で擁護しようもないサイテーなオッサン」が出てきて、「自立した女性さん」がそいつにドカーンと一泡吹かせてやってクゥ!爽快だわっ!!みたいなのってちょっとその裏返しみたいなところがあるんじゃないかという気がします。

そういう「夜の女王のルサンチマン」的なものから離れて、何年か前に女性起業家さんが、「最近ハマってるのは漫画のキングダム」って言ってて、偏見ですけど女性が読む漫画って感じがしてなかったので凄い新鮮だったことがあります。意外です・・・と言ったら「いや私のまわりじゃ大ブームって感じで」とか言ってて。

「キングダム」は、フェミニズムが生まれる2000年以上前の秦の始皇帝の話だから、中華圏の外側の異民族のボスが実は女性だったみたいな設定はあるけど基本的に男が多い物語です。

が、「人の上に立つリーダーはどういう存在であるべきか」ということを、男女とか関係なく我がこととして理解する若い世代の女性が出てきているのはとても大きな希望だと思います。

他にも、私は経営コンサルティングのかたわら、「文通を通じて個人の人生の戦略を考える」みたいないわゆる”コーチング的”な仕事もしていて色んな世代の「キャリアウーマン」さんの話をよく聞いてるんですが、そういう対話の中で単に昔の社会の延長を生きている男よりも、「単に古い社会を批判するだけでなく自分たちがリーダーシップを取って新しい世界を描いていかなくては」と考えている女性って結構いるんだな・・・(あんまりSNSでは目立たないけど・・・笑)と思うようになっていて、そこには非常に大きな希望を感じています。

「なんばんめの波」のフェミニズムか知りませんが、「ホモソーシャルによる支配とか父権的支配」が嫌なら、それを糾弾するだけでなく、他ならぬ自分たちこそが、「ポリコレ的に問題ない手法で、かつ狭いインテリサークル内だけでなく地方社会や経済的に貧しい人たちの社会にまで浸透するやり方で構築する」ことが必要なんだという感覚が徐々に育ってきているのは非常に期待しています。

もしあなたがそういうタイプの人なら、迷わずその道を進んでいっていただければと。ちょっと大げさな言い方をすると、「人類社会を覆う幸薄い罵り合いを超えるジャンヌ・ダルク的チャレンジ」がそこにはあると思います。

以下のブログで書いたように、

「体育会系の日本」は衰退する日本の元凶か?

いわゆる「意識高い系のムーブメント」(フェミニズムとか人権思想とかその他)が心底憎むような日本社会の「閉鎖性」的な部分には、グローバル資本主義が個々人を果てしなくバラバラの砂粒に還元していってしまい、「立場を超えた協力関係」が実現できなくなってしまう問題を回避するための「防波堤」的な役割を持っているところがある。

だからダメなとこダメって言ってるだけじゃ解決できない。「そうしてまで守っている価値は何なのか」に遡って考え、それを先端的な手法で再構築することができてこそ、やっと「ダメな部分をやめられる」構造になっている。

上記ブログに書いたように、「中間集団をディスラプトしない最先端の経営手法や最先端技術の導入」など、徐々に「日本がこの20年閉じこもって維持してきた価値」が、徐々にこの日本で花開きはじめています。

グローバルIT企業や過剰な金融資本主義への批判が高まってきている今の人類社会の「振り子がもどってくる」先に、「今までとは違う希望」として確立していける道が見えている。

まだ当面「夜の女王のルサンチマン」と「社会的に共有できる父性を復権しようとする動き」はぶつかりあう結果、「古いタイプの強権的な権威」が残り続けてしまう・・・という状況は続くでしょうけど、いずれパパゲーナとパパゲーノのデュエットが響き渡り、光が闇に打ち勝つ世界はやってくるでしょう。

そういう観点から、「みんなで豊かになる社会はどうすれば実現するのか?」という直球なタイトルで、私の5年ぶりの新刊が今度でます。

以下のリンク先↓の無料部分で詳しく内容の紹介をしていますので、このブログに共感いただいた方はぜひお読みください。

みんなで豊かになる社会はどうすれば実現するのか?

また、同じ視点から、紛糾続ける日韓関係や香港問題などの「東アジア」の平和について全く新しい解決策を見出す記事については、以下のリンク↓からどうぞ。(これも非常に好評です。日本語できる韓国人や中国人へのメッセージもあります)

この視点にみんなが立つまでは決して解決しないで紛糾し続ける・・・東アジア問題に関する「メタ正義」的解決について

たとえば日韓関係とかですら、こういう「大きなビジョン」の中での日本の役割・・・という視点で見ないと読み解けない時代なわけです。「荒ぶる夜の女王の暴走」に対してあたらしい秩序の回復を目指す日本・・・という構造が徐々に明らかになってくることを私は確信しています。(とはいえできればあまりヘイト的なことはせずにその意志が実現できるようになっていけばいいのですが・・・詳しくは上記リンク先でどうぞ)

この記事への感想など、聞かせていただければと思います。私のウェブサイトのメール投稿フォームからか、私のツイッターに話しかけていただければと。

倉本圭造
経済思想家・経営コンサルタント
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