藤沢数希氏の新著「外資系金融の終わり」の偽悪的文体の裏にある「真摯さ」について。

藤沢数希氏の新著、「外資系金融の終わり」を読んだ。

前も書いたけど僕は彼のファン(有料メルマガを購読しているほど)なので、発売日に近所の本屋をめぐったんだけど見つけられず、今日ターミナル駅の本屋に行ってやっと発見した。

良い本だったと思う。

けど、なんかアマゾンのレビューがムッチャ荒れてるのが、なんでかなあ?と思ったりした。

まあ、嫌われる理由は簡単と言えば簡単で、たとえ冗談とはいえ「あの職種は所詮年収1500万円程度で貧乏だから」的な書き方をする偽悪的文体が嫌われないはずはないわけだけどね(笑)

でも、藤沢氏の文章って、シニカルで偽悪的なんだけど、最終的に「ロマンチックな真実志向」とか、それどころかほのかな「愛国心」的なものまで感じさせるところがあって、そこが僕は好きなんですよね。

あと、偽悪的な文章自体も、彼自身が心の底からカネの亡者ってわけじゃなくて、一種の「福本伸行漫画(カイジとかアカギとか)的美学」なんだと思うんですよ。

この前、iPS細胞の山中伸弥京大教授が、「独占して利益を得るためでなく、変なところが特許を独占することでその技術が死んでしまわないためにこそ、我々はこの技術の特許戦争に勝たねばならない」って言ってて僕は感動したんですけど。

そういう感じでね、「カネじゃねーだろ!って大声で言いたいがためにカネにこだわってる」的な、なんか、そういうところがあるんで、僕は彼のファンなんですよね。



で、この本は、ここ10年ぐらい世界を良くも悪くも牛耳って色々と迷惑をまき散らした外資金融の世界の内幕ルポ・・・・という側面が半分はあるものの、もう半分は、

「本来金融業とはどうあるべきか」

っていうことについての、真面目な分析と提言がメインテーマになっていて。

その「根っこのところの思い」的に言うと、「真摯」とか「誠実」とか、そういった形容詞を付けてもおかしくないようなものではあると思う。

本の中で繰り返し色んな事例を引きながら説明されていることは、結局、今のグローバル金融の世界において起きていることは、

「市場原理主義が世界の平和を滅ぼした」なんてことじゃなくて、「金融システムに市場原理が全然行き届いていない」という問題なんだ

っていうことで。

金融システムが、建前として世界中に押し付けているルールの、「例外的位置」に自分自身を巧妙に置くようになっていることが問題なんだという指摘ね。

その結果、金融の本来的社会価値とはかけ離れたリスクの取り方をして、

「儲かった時は俺のもの、大損した時は政府のせい」

というような形で勝ち逃げしてる存在が世界中にいっぱいいるんだと。

だからといって、金融システムを捨てるなんてことは人間にはできないので、適切な規制をかけていって、経済学風に言うと「インセンティブ構造を適正化」することで、

ちゃんと「市場原理」が「金融業者」にも行き渡るようにするべきだ

というような指摘が、メインメッセージになっている。

そして、既に世界中で色々な規制が金融システムにかかっていくことで、リーマンショック以前のような暴走的なリスクは取れないようになってきている。

いずれ、その規制が効いてくることで「本来的機能からかけ離れた暴走的リスクテイク」は取れなくなっていき、逆に、巨大な金融期間でなく、「目覚めた個人」によるパーソナルなリスクテイクが金融の「本来的機能」を代替していくだろう・・・・みたいな指摘っていうのは、やっぱ無条件に僕はいいなあと思ってしまうというか、

結局、本当のところ、そういう方向以外に人類の希望はないだろ

って毎回思うんですよね。



「21世紀の薩長同盟を結べ」に、似たような趣旨のことを結構ページ割いて書いた部分があるんですがね。

そこのところについて、古参の会員さん(プロボクサー)に、バイトで関わってる現業的な仕事をしている人の倫理観だとか美学だとかそういうのを引き合いに出されて、

「そんなこと書くなよ。倉本さんは現場で生きてる人間の気持ちがわかってない」

みたいなことを言われたことがあるんですよね。

で、僕は普段めったに怒ったりしない人間だと思うんですけど、その時はもうメラメラと怒りがわいてきて、

「そういう人の気持ちわかってなかったら今やってる俺の仕事なんかしてるかボケ!!」

ってキレてしまった(笑)

わかってる・・・・かどうかはまあ、よくわかりませんけど、なんとかしようと思ってるという話で言うたらね。

単純に「金融で儲けてるヤツがムカつくから批判してやれ」っていう程度の発言してる人よりも、よっぽどマジでそういう人のこと考えてますよ僕は。そうじゃなかったら俺の過去10年の孤独な苦労はなんやねんって話じゃないですか。

でも、本当に「そういう人達の思い」が大手を振って社会に満ちるようにするためには、現実に存在する金融システムという魔物をどう飼いならすかについて真剣に考えなくちゃいけないんですよね。

で、「国際海運業」って、歴史に登場した当時は海賊と紙一重だったけど、今や海運業って凄い堅気の仕事みたいなとこあるじゃないですか。

つまり、広範囲に住んでいる人間同士が緊密に結びついて行くときには、「結びつきたい、結びついたら楽しいなあ」っていう「万人の潜在的な需要」と、「そうは言っても慣れ親しんだ環境を変えたくないという本能」みたいなのがぶつかり合うので、

「万人の欲望を代理で解消する、エゴの噴出のヨリシロ」

みたいなのが必要になってくるんですよ。

それが、大航海時代で言えば海賊だし、ここ10年で言うとグローバル金融だったんですよね。

でも、もう疑いようもなく世界が結びついて、「やっぱお肉食べるのに黒胡椒無いとか考えられないでしょう」って普通の主婦が思うぐらいになったら、もうその変化は「強欲によってドライブする必要がなくなって」来ますから。

今度は「既に出来上がったシステム」をどこまでもバージョンアップしていって、「みんなのほんとうのさいわい」の具現化機関に転換していくことが可能になるんですよ。

そういうタイミングで、藤沢氏みたいなインサイダー側にいる人間が、ちゃんと「本来こうあるべきだろ」的な青臭い言説を発信していくことは凄い大事なことなんですよね。

そういう言説を徹底的に追求していくことによってしか、「現場の人たちの本当の願い」がちゃんと本来的機能を世界に発し続けることができる社会にはならない。

いやもう、これはマジでそうなんですよ。結局、20世紀にあちこちで独裁者を産んで大量虐殺と大量の餓死者と大量の代理戦争をまき散らしたことで、やっと人類が学んだレッスンがそれなんですよね。



だからね、そのプロボクサーの彼に対しては、ほんともう、凄いカチンと来ちゃったんですけど。

でも、最近は、彼の気持ちも「必要なこと」だな・・・・って思えるようになってきました。

結局、藤沢氏のような活動が、ちゃんと日の目を見るためには、「古い形の暴走的な金融のあり方」に対する世間の目が、物凄く厳しくなっていく必要がありますから。

で、「最終的な全体のビジョンがこうなっているからどうこう」みたいな話は、プロボクサーの彼のような直情型の人間にとっては迂遠すぎるとこありますからね。

それに、「マクロな話に対する持論」のレベルではなくて、「その個人がどういう経済活動をして生きるのか」っていう点で見ると、「アンチ金融主義者」の方がよっぽど「良い仕事して生きてる」ケースも多いからね。

そういう人達の、「毎日の平和的勤労精神」をちゃんと保持するためにこそ、「アンチ金融主義」がちゃんと根を張っていること自体が必要なところもある。

だから、結局こういうのは、「ハサミ討ちの形」にしていくしかないんですよね。

今、「imagine there's no possessions」的な方向のメッセージとか、もっと過激なところでは一種のユダヤ陰謀論的なものとか、そういう方向で「みんなの感情を刺激」している人たちと、藤沢氏は呼応しあう形で、最終型の「みんなのほんとうのさいわい」を目指してるんだと思います。

「過激なまでの方向性に感情をかきたてるムーブメント」が一方ではありつつ、それでも結局人類はまた「独裁者と大量虐殺と大量餓死の時代に戻るわけにはいかない」という「切実な事情」とのぶつかり合いの中で。

「ど真ん中を行くしかない」

という方向性が、消去法的に浮かび上がってくるからね。宗教改革に対する対抗改革みたいな感じで。



こういう時に、日本ってやっぱ凄い可能性があるんですよ。

アメリカは、「過去10年のその先」を描いて具現化するには、「過去10年のシステム先行の世界観」に最適化されすぎてますからね。

「その先」はどこから生まれるのかというと、「過去10年の世界観に対する違和感(というか怨念というか)」みたいなのを濃密に味わってきている国に決まってますから。

だからこそ、過去10年間「なんでアメリカみたいにできないの?なんで韓国みたいに、シンガポールみたいにできないの?なんで日本人ってくだらないことにこだわって前に進まずにグダグダし続けてるの?アホなの?馬鹿なの?死ぬの?」って言われ続けてきた我々こそが。

「ど真ん中の新しいビジョン」

を立ち上げる可能性を持ってるってわけですよ。

そういう意味で、藤沢氏の新著、見た感じの悪ぶった部分とは別に、凄い「真摯な気持ち」が根っこにある良い本だと思うので、普段彼らこそが世界のあらゆる問題の元凶だと思っておられる方にも、というかそういう方にこそ、冷静に読んでみて欲しい本だと思いました。

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