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(追悼)緒方貞子さんに見る「文系博士人材」の可能性

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この記事は、 ・先日亡くなられた緒方貞子さんへの追悼的文章 と、 ・緒方貞子さんの強みは「文系博士的多面的な世界観」ではないか? という指摘と、 ・そういう「文系博士的な徹底的に多面的な理解」を現代社会はもっと活かすべ き というような話をします。 その流れで、私が提唱している 歴史問題や社会問題に対する「メタ正義的視点」での解決方法 ・・・などについても述べる予定です。 目次は以下のとおりです。 1●「プロが必要だ、キャッチフレーズは役にたたない」と緒方さんは言った 2●緒方さんの博士論文は満州事変の政治分析 3●イデオロギーの対立は、多面的に多面的に現実を描くことでしか乗り越えられない 4●単に戦前の日本に単に「反省しろ」という視座からは、米中対立も北朝鮮問題も解決できない では、以下本文です。 ・ ・

ある女性経営者いわく「キャリアプランはいらない。」

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●出版業界の異色の女性経営者の本が出ます ワタクシ、 来年1月に5年ぶりの新刊を出す んですが、そこでお世話になっているディスカヴァー・トゥエンティワンの社長、干場弓子さんがご自身の本を(別の出版社から)出されまして↓。 楽しくなければ仕事じゃない: 「今やっていること」がどんどん「好きで得意」になる働き方の教科書 今アマゾンランキングはこんな感じで、結構売れてるみたいです。 >>> 1位 ─ 起業・開業ノンフィクション 2位 ─ 起業家関連書籍 1位 ─ リーダーシップ (本) <<< 一般的な知名度はそれほど高いとは言えないかもしれませんが、干場さんって超凄い人だと私は個人的に思っているので、書評がてら本(と干場さん本人)の紹介ブログを書こうかと思っています。

モーツァルトが既に描いていたフェミニズムの行く先

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●ソニーが始めたハイレゾ音楽配信、今無料体験期間中です ソニー系列の音楽配信サイト「mora」が、ハイレゾ限定の音楽配信サブスクリプションサービス「mora qualitus」を始めたそうで、今なら一ヶ月間無料体験キャンペーンをやっています。 mora qualitus サイトデザインはとてもステキな感じです。 このレビューサイト によると、「排他モード」を搭載しているぶんアマゾンがやってる同種のサブスクリプションより音がいい(と思われる)とか・・・ サイトのデザインなども含めて結構いいなと思うんですが、開始直後とあって、例えば「モーツァルト」と「Mozart」で検索結果が違うとか、海外アーティストの表記ゆれで検索結果が違うとか、あと単純に動作が遅いとか、今後いろいろ改善してほしいUI上の問題はいろいろあります。 しかし個人的には、ハイレゾで入ってる曲のラインナップ含めてかなり気に入っており、来月からの月1980円も許容範囲かなと思い始めています。 特に、最近クラシック音楽、特にモーツァルトにハマってるんですが(ってめっちゃイマサラな言い方だけど)、前から好きだったカール・ベームという指揮者のモーツァルト交響曲集やオペラ「魔笛」がハイレゾ版で入っていて既にかなり幸せな音楽体験をしているところです。

「体育会系の日本」は衰退する日本の元凶か?

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●あなたは「体育会系」が嫌いですか? 暇な時間にはインターネットでこういう記事を延々読んでいるようなアナタは「体育会系の日本」が嫌いな人が多いかもしれません。 「上下関係」とか「密な人間関係」とか、「ウッス!アザッス!」的な感じ。高校や大学の部活や日本の飲食店アルバイトに満ち溢れる「この気分」がムシズが走るほど嫌い・・・という人もSNSには多いように思います。 ワタクシは中学時代ぐらいまで自覚的に「超サヨク的人間」だと思っていたので、 そもそも「敬語」っていうシステム自体が日本を忖度だらけのマトモな理屈が通らない社会にする悪癖なんだ!「尊敬する相手」かどうかはそれぞれの個人に判断が委ねられているべきだ!! ・・・みたいなことを本気で思っており、案の定たまたま入った部活が大嫌いでした。 しかし、高校で入ることになった文化部は、その分野で「全国大会に出た回数が(当時は)最多」みたいなところで、そこで色々体験するうちに、この「ウッスアザッス型」のコミュニケーションが実は非常に奥深い「組織運営上の知恵」のもとになりたっていることを痛感し、その後色々と考えを改めることになりました。 その音楽系の部活は、特に男は入部したとき楽譜読めないどころか最後まで読めないヤツもいるぐらいなのに、同地区のライバル校には「その学校の音楽科の生徒が全員集まって出てくる」ところとかもあって、 「才能」とか「知識」とかそういうレベルのことで言ったらオハナシにならないレベルの差があるのに、「なんで毎年勝てるんだろう?」と思う じゃないですか。 それだけでなく、サヨク革命家を気取っていたワタシは、三年生になって実権を握れる中心人物になったら、ありとあらゆる「前時代的風習」みたいなものを廃止しまくっていこうとしたんですが、そしたらその後何年かでその部活自体が強烈に弱体化して、誰も知らない無名校になったりしたんですよね。 こういう「現象」には、 体育会系嫌いの個人主義者も真剣に考えるべき課題が眠っていて、特に個人主義者の私たちが「日本社会のマジョリティ」との間で果てしない罵り合いになることなく「違いを活かした共存」を実現するために大事なヒントが隠されている ように思います。

サヨクから見た天皇が日本におられる意味と日本の使命

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(画像は官邸ユーチューブより) ●小学生時代の私は、前回の「継承」にはメチャクチャ怒っていたが、今回は「ありがたや~」という気持ちになった 普段は全然気にもかけていない天皇陛下の存在ですが、即位礼正殿の儀はなんとなくずっと見てしまって、茶化す意味でなくほんとうに「ありがたや~」という気持ちになってしまいました。 本式の保守派のかたはいざしらず、普段日本の「伝統」に触れる機会の少ない多くの日本人にとっても「奇異な風習」に感じられるアレコレがあるわけですが、それをしっかりと「意味のある大事なこと」として継承していくことをナリワイとされている方々がいらっしゃることの価値は、それを認めることで、堅苦しいことが苦手なタイプの人がどんどん気安い現代風にカジュアルな風習ですべてを覆っていっても、1億2千万人の共同体全体で見れば、過去から続く連綿とした一貫性がちゃんと保存されていくことであるように思います。 とはいえ、こういう「制度」自体に怒りを感じる、あるいは不合理だから廃止すべき・・・と思っておられる方も、最近では数は少なくなったながらもいらっしゃると思います。 昭和から平成への「継承」が行われた時に私は小学生だったんですが、自覚的に「サヨクだぜ俺は」と思っていた私は、今では笑ってしまうほどプリプリ怒っていました。テレビの特別番組を集まってみている家族に対してやたら食って掛かって、「こんな世の中間違ってる!」とか騒いでいた記憶があります。 ある種の「人間の本来的平等性」みたいなのを原則としたい立場からすれば、こういう「君主制度」とか、敬語が強制される雰囲気とか、「陛下」のような尊称の存在自体が、なにか根底的に人間社会のあるべき大原則に対する侮辱であるかのような気持ちになっていたのでした。

凄いのはラグビー選手でお前じゃないとか言う奴はアホ

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●人びとは助け合って生きている 日本人のノーベル賞受賞者が出た時も、ラグビーなどのチームスポーツの日本代表が活躍した時も、それで喜ぶ多くの日本人に対して 「凄いのはその研究者個人であってお前じゃないぞ」 「凄いのはラグビー選手であってお前じゃないぞ」 ・・・みたいな、使い古されまくってる嫌味を言う人がいるんですが、 私はこういうこと言う奴が嫌いです。 嫌いというか、アホか!って感じがする。 そんなことはみんなわかってるけど、それでも喜ぼうとしてるとこに水さすなよ、て感じがする。 こういうのは 「忖度しない空気読まない俺カッケー」という感じではなくて、むしろこの世の中が人びと同士の無数の協力関係によって支えられていることが理解できないアホの言い草 という感じがします。

冷静で中立的な報道こそがネット世論の過激化を止める

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●台風19号の水害に関するメディアの報道は昔に比べてかなり進化していると感じる 水害などの災害があった時には、 「冷静で科学的な原因分析と対処」と「人びとの魔女狩り欲求的な犯人探しのエネルギー」との間の折り合いをどうつけるか ・・・というのは古今東西難しい問題です。 しかし、今回の台風19号に関する主流メディアの報道は、かなり「あるべき報道」をしつつあるように感じています。 「冷静で中立で総体的な報道」をすることが、インターネット上の無駄な罵り合いを抑止していくためにいかに重要か・・・という良い例 だと思うので、この例を台風報道だけでなくあらゆる分野でもスタンダードにしていければいいと思えるほどです。