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忘れていたピュアな気持ち(笑)

さっき、第4回のアゴラ投稿をしたんですが、ちょっとだんだん文体が変わってきてるなあ・・・という感じがしてます。

今、次回作のオファーをくれた編集者の人の過去担当作品を連続して読んでる影響が、徐々に出てきてる気がします。

彼の担当作を読んでいると、そういう、「資本主義最前線で戦ううちに忘れていたピュアな気持ち」みたいなのを取り戻させてくれる感じで(笑)。

まだぎこちないけど、もっとブラッシュアップしていって、ミヒャエル・エンデの「モモ」が良いよね!!!っていうようなタイプの人に、凄く自然に受け入れられるような本にしたい。

なんか、誰に対しても、「論戦」を仕掛けるようなことしてもダメだな・・・って最近凄く思っていますね。やればやるほど、本来わかりあえる人と敵対関係になるし。

「普段のカッコイイ言動からすればここで協力してくれるもんじゃないの?」ってところでも、あんまり人は協力してくれないもんだなあ・・・ってのが、本出してから一ヶ月強の間に凄い実感したことだし(笑)

あと、今はまだ無意識的にやってしまってると思うけど、「誰かのあり方を否定するような形で自説を展開する」のも、だんだん辞めていきたい。

そうじゃなくて、色んな人たちと「気持ち」を共有できるような「新しい生き方提案」みたいな、なんかそういう本を作っていくしかないのかなと。

しかも、それが「遠い目をしてシミジミと」みたいな文体じゃなくて、ある程度ザクザクっとしたグローバリズム時代風の語り口でね。

ただ、「甘い夢で終わっちゃいけない」からといって、変にヤサグレたり妙にタフぶったりするのは良くないな・・・って凄く今思っています。

いやもちろん、本当に何かが立ち上がるには、退路を絶ったマジな挑戦が必要・・・っていうのはあるんだけどさ。でも、そんなこといちいち言わなくたってみんなわかってると思うしね。

そういうことをわざわざ言うより、ちょっと照れる言葉だけど、「自然な共感」的な、そういう方向の仕事にしたい。

あえて「思想家」っていうポジション自体を職業にした意味は、そういう「伝え方」自体を専門的に追求できるリソースを確保したってことでもあるだろうし。

グローバリストでマーケット主義者の人は、今の日本のあらゆる「古い左翼的抵抗主義者」のことを怒ってることが多いだろうし、実際的な主張の中身を比べると前者の軍配が上がることが多いとは僕も思うんですけど。

でも、そういう「左翼な気持ち」なしには、スティーブ・ジョブズも生まれないからね。

だから、「論戦」にしないで「共感の輪」みたいな形で広げていくことで、「左翼な人たちの気持ちの根っこ」を「市場」に乗っけることができたら、色んな対立がそもそも必要ないところまで行くと思う。

そういう転換を、地道に起こしていきたいね。「燃えてない燃料」自体は明らかに物凄く巨大に眠ってるから、そこまでなんとか導火線を引いていって着火したい。

ともあれ、見た目やパッケージはともかく「薩長同盟本」だって、読んでみれば漫談風に面白く読んでもらえるものになってると思うので、ぜひどうぞ。

このブログの人気の投稿

今更ですけど自己紹介を・・・その1.副題『原生林のような豊かでタフな経済を目指して』

このページはよほど倉本圭造に興味がある人のためのありえないほど長い自己紹介エッセイなので、サクッとコイツ誰なんだ?ってことが知りたい場合は、私のホームページの「Who?」欄をお読みください。(向こうにしかないコンテンツもありますし、とりあえずコンパクトに全体像がご理解いただけると思うので、かなりご興味を持ってくださっている方も、先に向こうをお読みいただけるとご理解しやすいように思います。その後以下の”長文”へと戻ってきていただければと)







最近出版の依頼を下さった人がいて、”出版社の女性社長さん兼編集者”としてギョーカイでは結構有名な人らしいんですが、「21世紀の薩長同盟を結べ」本体を読むまで、プロフィール欄を読んでも「???」って感じだったと言われたんですよね。

その「???」になったっていう文章は、本の著者プロフィール欄に記載されているコレなんですが。

1978年神戸市生まれ。兵庫県立神戸高校、京都大学経済学部卒業後、マッキンゼー入社。国内大企業や日本政府、国際的外資企業等のプロジェクトにおいて「グローバリズム的思考法」と「日本社会の現実」との大きな矛盾に直面することで、両者を相乗効果的関係に持ち込む『新しい経済思想』の必要性を痛感、その探求を単身スタートさせる。まずは「今を生きる日本人の全体像」を過不足なく体験として知るため、いわゆる「ブラック企業」や肉体労働現場、時にはカルト宗教団体やホストクラブにまで潜入して働くフィールドワークを実行後、船井総研を経て独立。「個人の人生戦略コンサルティング」の中で、当初は誰もに不可能と言われたエコ系技術新事業創成や、ニートの社会再参加、元会社員の独立自営初年黒字事業化など、幅広い「個人の奥底からの変革」を支援。星海社新書より『21世紀の薩長同盟を結べ』発売中です。
で、「なるほど、意味わからない・・・かもしれないな」と思ったんで、それについて、一度まとめた文章を書いておいたほうがいいのかな・・・と思って、これから書きます。

『逃げ恥』が教える「自分らしく生きる」の本当の意味

あけましておめでとうございます。昨年の私は普段の仕事的にはそれなりに一歩ずつ経験積んで進歩してこれた感あるんですが、いかんせん本出したりネットに上げた文章が広く読まれて・・・という方向での活動としてはなんだか何もやってないも等しいような印象になりそうで、正直ちょっと焦ってもいます。

ただ今は、焦って本やブログを書いても、よくある「右や左の紋切り型」にしかならない難しい状況に世界がどんどんなっていくなあと感じていて、そうじゃなくて「個別の事例」と仕事で向かいあう中から立ち上がってくる何かを信じて積んでいきたい気分だというか・・・ま、もうこの歳になると自分はマイペースにしか生きていけない人間だってところは骨身にしみてわかっているので(笑)、相変わらずそういうペースで今後もやっていきますので見捨てないでたまに気にかけてやって下さい。

ちなみに、ブログ再移転しました。ブックマークされてる方は変更をお願いします。

新ブログトップページ↓
http://keizokuramoto.blogspot.jp



で、久しぶりのブログ更新、しかもブログ移転一回目・・・がテレビドラマの話題ってなんてミーハーなって感じもしますが、2016年最大の(たぶん)ヒット作となった『逃げ恥』が超よかったので、年末だしそれについて書きます。

全体的に言って、「自分らしく生きる」っていう現代的に超超超言い古されたことについて、ちゃんと一歩ずつ考えて一歩ずつ実現していかなくちゃね!っていう気持ちになったところが凄く良いドラマだったと思ってます。夫婦で見てて毎週二回は泣いてました。

このブログはそういう方向で、

・『逃げ恥』のどこにこんな感動するのかって話
と、
・それはある種「運命へのニーチェ的向き合い方」なんじゃないかって話(より正確には”一連の実存主義哲学”)
と、
・「他人の人生を生きないで、自分の個別性(自分らしさ)を生きること」っていう「言い古されたこと」を私達が本当にちゃんとやりきるにはどうしたいいのか?
というような話に広がっていく予定です。

日本から老害を一掃して残業を減らす唯一の方法

なんか挑戦的なタイトルになってしまいましたが、ただ最近「老害」っているんだよなァ〜と物凄く実感することがあって、その詳細をそのままは言えませんがそのやるせない思いをより広くて皆様と共有できるテーマとして昇華して書いてみたいと思っているんですが。

あなたは、「老害」って言葉、キライですか?好きですか?

私は最近まであまり好きではなかったです。老害扱いされてる人にも、うまく使ってあげればそれなりの価値やら色々あるんだぜ・・・と言いたい気持ちが結構あって。

ただ、そんなこと言ってると「老害さん本人」が「自分の老害性」を一切意識せずにノウノウと暮らし続ける反面、困ったことにその「老害さん」は権力持ってたりするのでその集団全体の適切な運営がどんどん滞り、直接的には「ヤル気のある若手」さんが、そして結果的には「その組織の人全員」が非常に困った状況にみんなで追い込まれていくことになってしまう。

物凄く大枠での言い方をすると、過去20年にわたる日本の苦境はこの「老害さんをどう扱うか」について、思い切りの良い諸外国のように何のテライもマヨイもなくボコボコに権力を奪って放逐していくような思い切ったマネジメントができなかったから・・・と言ってしまっても悪くないかもしれません。

ただね。現状の日本は、老害さんたちを腫れ物に触るように扱って捨てずにいたので、社会全体が「トランプvs反トランプ」みたいにどこまで行っても平行線な対立に落ち込んだり、スラム街がどこまでも悲惨なスラムになっていくようなことは避けられたり・・・というプラス面もあったんだろうとは思います。アメリカに比べたらまだ貧富の格差もまあマシなレベルに留まっている。

つまり、なぜ日本が「老害さん」たちを諸外国のようにはボコボコに斬ってしまえないかというと、「その老害さんが代表しているものの中に自分たちの良さの根幹も混ざっている」からだと言えるでしょう。