ユニクロ柳井氏の「国が滅びる」論は正論か暴論か?

●立場によって人は全然違う世界を見て生きている


台風19号で被災された方にお見舞い申し上げます。

私が住んでいるところは前評判に比べてかなり軽症で、肩透かし感すらあったのですが、ツイッターやテレビのニュースを見ていると、大変な被害にあわれている方や、残念ながらこれから明日明後日にかけて大変な被害にあわれるであろう方もいらっしゃることと思います。

私は阪神大震災の被災者なんですが、たった道路一本向こうのブロックに家があっただけでブロックごとすべて丸焼けになって家(だけでなく命も)を失ったりとか、逆にこっちのブロックだとその日の夜には電気も復旧して、学校もなくなって暇だからテレビゲームで遊んでいたりとか、人生というのは「立場」によって見える世界が全然違うものだなあ・・・と強烈に思ったことを思い出します。

今回も、同じ「台風19号を警戒しましょう」というニュースに触れている何千万人の対象地域の人びとが、ある人は生死に関わる被災をし、ある人は全然どうってことのない日常を送ることになっているのでしょう。

このように、「立場によって人は全然違う世界を見て生きている」わけですが、それが別の形で非常に印象的なSNSでの拡散の仕方をしていたのが、ユニクロ(ファーストリテイリング)の創業者、柳井正氏の日経ビジネスの記事↓でした。

柳井正氏の怒り 「このままでは日本は滅びる」




●決して交わらない絶賛派と完全否定派


公開されるやいなや、かなり「感情的な反応」が、賛成するにしても否定するにしてもSNSで巻き怒っていたことが印象的でした。

賛成派は、特に

・今の日本は新しい技術や経営手法の導入が遅れがちで、大きく変化する世界の潮流についていけておらず、
・フラットに外国人とつきあう文化の醸成ができていないことを問題視する指摘

などに、「いいね百万回押したい」ぐらい的な熱烈な賛同の声がありました。

一方で反対派は、
・公務員を半分にしろ的な暴論
・そもそもオマエがデフレ経済を主導したから経済が停滞しているんじゃないか
的な形で、こちらもかなり強烈な感情的反発が巻きおこっていたのが印象的でした。

ただ、こうやって「反応」を並列的に冷静に並べて見てみると、

さっき述べた「立場の違いによって全然世界が違って見えている」ということ自体を自覚した上でのコミュニケーション

・・・を、私たちが身につけることができたら、この幸薄い罵り合いが非常に有意義な意見交換に発展するはずだと気付けるのではないでしょうか。

柳井氏が嫌いな人だって、最先端の技術競争に日本がもっと積極的に参加しなくちゃいけないこととか、増え続ける外国人との協業がもっとうまくできるようにならなくちゃいけないことまで否定してる人はほとんどいないでしょう。ソレに対する対処が必要なのは言うまでもない。

一方で、国際比較的に実はかなり人数が少ないと言われる日本の公務員をさらに半減させるとか言うのが暴論であることや、利益を溜め込みがちな日本企業に賃上げ圧力をかけていくことの必要性などは、柳井氏の意見にカタルシスを感じて「最高!」と思ってるタイプの人の多くも同意するところだと思います。

要するに、柳井氏に同意な人には「その人の正義」があり、柳井氏に反発している人にも「その人の正義」があるわけですが、「良い意見も悪い意見もまとめてセット売り」されている柳井氏の意見に対して、賛成!反対!と「お互いの正義」をぶつけあっているだけでは、日本が「変わる」ってことが余計できなくなることがわかりますね。

今の日本は果てしなく「あらゆるところを変える」ぐらいのチャレンジが必要だと私は考えていますが、それは単に「自分の立場」からだけモノを見て「あいつらはけしからん」と叩いてスカッとする・・・みたいなことを続けていても決して前には進みません。

立場によって違う「正義」どうしの、「メタ正義」的な感覚を持って相互コミュニケーションをやっていくことができるようにならなければ、柳井さんに賛同する人の願いも、反対する人の願いも、両方全然叶うことがない

・・・という問題に直面することに私たちは気づくべき時です。



血も涙もない資本主義的改革に遅れている日本だからこそ、これからできる「大改革」がある


私は学卒でマッキンゼーというアメリカのコンサルティング会社に入ったのはいいものの、そこで展開される「方法論」と、いろんな意味で「日本的なるもの」とのギャップがあまりに大きい現状にだんだん心を病んでしまい、その後「日本という国の”現場を知る”旅」と称して肉体労働やら新興宗教団体への潜入やら色んなことをやった後、中小企業向けのコンサルティングや、「文通を通じて個人の人生の戦略を考える」みたいな仕事で日本の今を生きる「老若男女いろんな立場の人」と触れ合う仕事をしています。

そうやって「いろんな立場の間」で暮らしてきた私からすると、たとえばこの柳井氏の記事なんかまさになんですが、「あなたと逆側に立っている人が、こういう記事を読んでどう思うのか、考えたことあるのかな?」って不思議に思うことがあります。

「自分と同じ立場」の人たちだけで盛り上がるのはいいけど、結果として「逆側の立場にいる人たち」の怒りに火を注いで余計に逆効果になることがわからないのか?

ってなりますよ。「できるビジネスマン」であることは「相手側の事情も理解して解決策を考える」能力もかなり含まれているはずですが、ことこういう問題に関しては「できるビジネスマン」のはずの人が物凄いムチャなことを言ったりする現状が不思議です。

この「逆側とのコミュニケーション」を断絶させて、もっと「資本主義の論理」だけでバキバキにシバキあげていけるようにしている国の方が今は活躍しやすい時代ではありますが、一方で「そういうやり方」の限界が見えてきて、巨大IT企業や果てしない金融資本主義へのバックラッシュも世界的に起きてきている時代でもあります。

時代の振り子が逆に戻ってきて、いずれ、この「逆側とのコミュニケーション」をちゃんと超えること自体が、成功のカギになる時代が来つつあるとも言えるはず。

たとえば日本では「キャディ株式会社」という成功例が出つつあって、ここは最先端の人口知能技術と経営手法を導入していながら、「古い社会の中間集団」をいきなり破壊にかかるのではなく、徹底したエンパワーの先の大きな構造変化を目指している。しかもめっっっちゃ成長してる。

個人的には自分にとってロックスター的に希望を感じてる会社なんで、無内容な「日本凄い!vs日本ダメ!」論を離れて、みんなで押し上げていきたいんですが。

また、前回の記事↓

「普通の日本人」をもっと信頼して社会運営するべき

で述べたように、私のクライアントの中小企業でも、単に「資本の論理でシバキアゲル」だけでは動かなかった再編が、「ちゃんと縁をつないでいき、発酵食品の株分けのように動かしていく」プロセスに習熟することで、徐々に「ちゃんと構造変化を起こせる」ようになってきている例が増えている。

「北風と太陽」じゃないですが、「お前らは遅れてるんだ!公務員半減でもして厳しい世界で泥をすすって生きろ!」みたいなことだけを言っていても反感が募るだけで実現していかないですし、むしろ「今後一周遅れ」になっていくような、「資本の論理だけでシバキアゲル結果、”普通の人”の共感が経済から離れていく社会の分断が止まらなくなってしまう」という別の巨大な問題を抱え込むことにもなりかねません。

「ひとつの立場」だけから相手を攻撃して自分の思い通りに動かそうとし、結局SNSでは「相手全否定の罵り合い」で一瞬スカッとした気持ちになるだけで終わる・・・という「幸薄い現状」全体を、ちゃんと総体的に見て対策を考えていくべき時なはずです。

柳井氏の発言でも、「こういうところは暴論だけど、こういうところはみんな考えなくちゃね」というコーディネートをちゃんとやれば、ただ「賛成!これがわからんやつらはシネ!」「反対!こいつがすべての元凶だ!」みたいな無駄な罵り合いだけをやって終わることもないでしょう。

また、上記のような「資本でシバキアゲルのではない構造改革」的なものを支える「日本的良識」が、単純なグローバリストの無理解によって破壊されないようにするために、今日本の「右派運動」は多少なりとも過激化せざるを得なくなっている因果関係も、私はあると思っています。

人間の理性を信頼する側が、ちゃんと「立場の違うあのひとは別の正義を持って生きている」ことを理解した上での「メタ正義コミュニケーション」ができるようになっていくことで、アベ政権の強権的姿勢とか、日本社会の外国人や女性に対する抑圧的な姿勢などを、「真因」の方に遡って解決することができるでしょう。

この記事のように、「立場を超えたコミュニケーション」によって本当に意味のあるチャレンジをしていくことで、「みんなで豊かになる社会」は実現できるんだ・・・という趣旨の、私の5年ぶり新刊が出ます。

無料公開部分も多く用意してあるので、この記事に少しでも感じるところがあった方はぜひそこだけでもお読みいただければと思います。

みんなで豊かになる社会はどうすれば実現するのか?

同時に、この「立場を超えたコミュニケーション」の視点から東アジアの問題(日韓関係や香港問題など)に対して全くあたらしい視点からの解決を提案する以下の記事も、非常に好評を得ていますので、ご興味があればどうぞ。

この視点にみんなが立つまでは決して解決しないで紛糾し続ける・・・東アジア問題に関する「メタ正義」的解決について

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倉本圭造
経済思想家・経営コンサルタント
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